インド旅行について(入国編)

「デリーの現在の気温は30℃になります。日本との寒暖差で体調を崩さぬようご注意ください。」


暑さより寒さの方が苦手な僕からしたらインドの旅が快適になってくれそうな報告でもあった。何よりさっきまで2月の寒い日本にいたのだから寒さに困らされないのは嬉しい。よく聞きなれた画一化されたCAの機内アナウンスでとうとうインドに降り立ったことを実感する。CAの声は誰もが同じ様に聞こえてしまう。CA声色選別選手権があるとすれば僕はどうも1回戦敗退してしまいそうだ。

成田空港経由のデリー着だっため、乗客のほとんどが日本人、CAとも日本語で会話できたため、フライト中は異国の地へ向かっている実感というものはほとんどなかった。

日本デリー間、約11時間。半分以上を寝て過ごした。というのも、前日になって荷造りを初め深夜までかかり、搭乗当日は4時起きとほとんど寝れていなかったためである。前日ギリギリまで荷物の用意をしなかったのは僕の、後に後に症候群のせいもあるが、バックパッカーのバイブルとも言える『地球の歩き方』のせいで精神的余裕があったのも事実である。地球の歩き方曰く、「インドの旅に必要なのは健康的な体と前向きな心である、他のものは何でも現地で手に入る。再度言う、その二つさえあれば足りる」と。なるほど、そこまで言うなら大丈夫であろう、と思い、出国前日まで健康的な身体と精神を養うのに精一杯で物質的持ち物の用意はほったらかしにしていた。しかし、前日から荷造りを初めても意外と出来てしまうものである。


機内を出て、空港までの連絡通路を歩いてみると確かに寒くない。UNIQLOで購入したダウンジャケットもこの時には必要なくなった。

空港内に入るとインド人が歩いているではないか。それもたくさん。前にもインド人。横にもインド人。後ろにも。そこではもう日本人というよりかはマイノリティとして存在することになった。デリー空港は綺麗でトイレもトイレットペーパー完備でインドの玄関口として十分な機能を果たしていた。空港事態にインドらしさというものはなく、闊歩するインド人をすべて日本人に変えてしまえば成田の国際ターミナルと言われても疑わないくらいには整っていた。


さて、いざ入国審査を済ませて旅がスタートとなると思いきや、僕はひとつミスをおかしていて、スムーズには入国できなかったのである。そう、VISAの問題だ。ここでまた後に後に症候群が祟った。事前申告のVISAは2種類あり、ひとつは日本国内のインド大使館およびインド領事館にて取得するもの。もうひとつは短期間滞在者に限りネット申請ができるeVISAがある。一緒にインドに来てくれた旅の道連れ酒井は事前にeVISAで取得済なのでスムーズに入国審査完了。一方の僕は期限当日(入国4日前)に申請し、本来ならば申請完了後にくるはずのメールが来なかった。これはまさかと思いつつ出国前日になってもVISAの確認メールが届かない。ということで、VISA未取得のままインドの地を踏むことになってしまったのである。とはいっても、もうひとつ日本人限定でアライバルVISAという空港内で始めから最後までできてしまうVISAがありそのおかげで強制送還されることなく難無きを得た。申請の間、小一時間ほど酒井を待たせてしまって申し訳なく思いつつ、無事ディープな世界の表層にまでは足を踏み入れることができた。


1日目のホテルだけは予約してあったので、まずやることはホテルへ向かうことだった。
到着が夕刻ということもありホテルについて明日に向けて寝るという1日目は簡単質素なスケジュールになるはずであった。しかし、旅には不確定要素が付き物である、とはよく言ったもので、今回の旅もそううまくはことは運ばなかった。


僕らの旅は大まかな都市の目的地だけ決めてどこをどう観光するかはその場もしくは前日にでも決めようという至極適当旅でプランをたてていた。なので、1日目の宿の場所は決めてあっても、電車でいくのかバスでいくのか、はたまたトゥクトゥク(ミニタクシーのようなもの)でいくのか、その場で決めなければならなかった。空港内を少し散策してメトロの文字が見えたので僕らはメトロで宿のあるニューデリーへ向かうことにした。空港のすぐ外も別に共通認識で持っているようなインド感は全くなく、なんのカルチャーショックも受けることなくメトロの駅へとついてしまった。インドのメトロも日本と同様エスカレーターを降りて行きチケットを買いプラットホームで待つという具合だ。改札もしっかりある。ただひとつ違ったのがチケットが紙ではなくコイン型だということだ。ロサンゼルスに赴いた際もコイン型であったことを思いだし、世界的に見れば日本の紙型チケットの方が珍しいのかもしれない。メトロ車内は衛生的で日本と遜色なかった。

揺られること30分、僕たちはニューデリーに到着した。コイン型チケットを改札に投入し、いざ地上に出てみるとそこには僕の頭の中にあるインド像がそのまま僕らを出迎えてくれた。ぶつかるギリギリを行き交うトゥクトゥクやタクシー、鳴りやまないクラクション、路上に捨てられたスナック菓子の袋、ペットボトル、タバコ。そして人の多さ。それらは日本人からしたら異色の光景であるにも関わらず、どれもがそうあることがこの世界では正常なんだと主張しているようでもあった。交通整理が完璧なインド、ゴミが散乱してないインド、ミミズクの鳴き声が夜にこだまするインド、人通りの少ない閑静なインド、そんなものはないのだ。色々な雑踏が共鳴しあって目の前にひとつのインドという光景を作り上げていた。そして僕らはその雑踏の中へ、異分子としてその濃い空間の中へ足を踏み入れていった。


優しく話しかけてくるインド人には気をつけろ信用するな、現地人で観光客に気安く話しかけてくるやつはいない。どの観光ガイドブックにも載っている常套句である。僕も何度も聞かされて頭ではわかっているはずだった。しかし、世の中のすべての物事に言えることだが理論の理解と実践とは全くの別物である。旅の1日目からそれを痛感させられることになる。