短編処女作を書いたので読んでくれ

 僕が吐き出したかった渦巻く感情をフィクションとして文字に乗せて書いたもの。

 最後まで読んでも得るものは何もないと思うけど、どうか拙い文章にお付き合いください。Twitterでいいね、RT、コメントくれると喜びます。指摘でも。

 

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海辺で春を待つ

 コーヒーを飲みながら僕は向かいに目をやる。彼女は口がケチャップで汚れぬよう、一口ずつ慎重にナポリタンを口に運んでいた。いつもより大きく口を開けて食べるその姿がすこし滑稽で、それでいて可愛くも見える。
 僕たちは窓際の席で向かい合って座っている。店内には音楽は流れてなく、他の客たちの微かな会話の声だけが時々聞こえてくる。僕は注文した分の料理を食べ終え、気長に彼女が食べ終わるのを待っているところだ。
 食事をする姿を面と向かって見られるのはあまり気分のいいものではないのを承知の上で、手持ち無沙汰の僕は彼女の食事をする仕草を、映画のワンシーンを撮る監督のように観察する。細くてしなやかな左手の指でフォークを躍らせ、右手で髪を耳にかける。
「何みてるの」と彼女は食べるのを中断して、頬を赤らめて言う。
「君が食べているところ」と僕は少しいじわるに返す。
そして、彼女は眉間にしわを寄せ、僕を一瞥して食事を再開する。このやりとりも何度目だろうか。毎回、一瞥した後、彼女は隠しきれずに照れ笑いがこぼれてしまうのを僕は知っている。
 彼女が残りのナポリタンをフォークで巻き取る。彼女の一口にしては少し大きかったのか、両頬をふっくらさせながらランチを締めくくろうとしている。口周りは肌の他の部分と同じように白く、上手にナポリタンを食べ切れたようだ。
「コーヒーは飲んでいく?」と僕は彼女が食べ終わったのを見計らって言った。
「ねえ、海に行こう」彼女は僕の話を無視して提案してきた。
「もう夏も終わるのに、なんでいきなり」
「いいじゃない、それとも今日は他に何かご予定が?」
今日は昼前に集合して、適当な店に入りランチを食べ、適当に街を徘徊するくらいの適当なデートの予定だった。だから、特に決まった行き先があるわけでもない。しかし、海に行くとなると車で 一時間はかかる。海水浴なら新しい水着も買わないといけないし、車も砂だらけになるだろうし、と海に行かないで済む言い訳を考えていると、彼女が見透かしたような顔をして言った。
「じゃあ決まりね。海なんて久しぶりだわ。買っていきたいものがあるから、少しショッピングをしてから海に向かいましょ」
 僕は諦めて、彼女に従うことにした。どうせ、彼女を連れて行きたいところを思いつかなかったわけだし。
「僕も水着がないからちょうどいいや、でも君、泳げたっけ?」と僕が言うと、彼女は一瞬きょとんとした顔をして、笑いながらこう言った。
「何を言ってるの、海には行くけど入りはしないわよ。ただ、私の昔からの、ちょっとした夢を叶えにいくの」

 

 僕らは会計を済ませ、お店を出た。夏が終わりかけてるといっても、太陽はまだまだ働き盛りのようで、ランチを食べている間、熱心に車を照らし温めてくれたようだ。車の戸を開けた瞬間、どんよりとしたぬるい空気が肌をかすめた。車に乗り込み、エンジンをかけると、助手席に座った彼女がすぐに冷房をつけた。車内が、過ごすのに適当な環境になるまで少し待つことにした。
「ショッピングといってもどこに寄っていけばいい?そもそも何を買っていくんだい?」と僕は尋ねた。
洋服屋さんに寄って行ってほしいの。通りがかりにあるショッピングモールで十分よ。何を買うかは、そうね、内緒」と彼女は少女のような顔で嬉しそうに言った。
 洋服屋に行くのだから、おそらく、服を買うのだろう。しかし、どんな服を、どんな目的で買うのか、僕にはさっぱり見当もつかなかった。彼女はちょっとした夢を叶えるため、と言っていたけれど、どういうことだろう。
 少し考えてみても思い当たる節はなく、買い物が終わったら何を買ったか判明するだろうしいいや、と考えるのをやめ、その頃にはすっかり車内も涼しくなっていたので、車を出した。

 

 南へ車を走らせ二十分くらいでショッピングモールに到着した。
「あなたもついてくる?」と彼女は言った。
「車内で待つには暑すぎるかな。君が買い物を終えてルンルンで車に戻った時、茹でたタコみたいにくたびれて動かない僕を見たいって言うなら話は別だけど」
「タコは好きよ。でもあなたがタコにならなくても、私の世界にタコは十分足りてるの。それにあなたが動かなくなっても困るわ。私ひとりで海に行っても意味がないの。あなたと一緒に行くことで、やっと私は満足できるの」
「どれくらいかかりそう?」僕は他人の買い物についていくのが苦手だ。
「三十分くらいかな。あなたはどこかでコーヒーでも飲みながら時間を潰してくれればいいわ。済んだら連絡するね」
 それで僕たちは車を出て、ショッピングモールの入り口で別れた。
 モールですれ違うのは、子供連れの家族が大半を占めていた。若いカップルとも何組かすれ違った。
 少し歩くと、街でよくみる、チェーン展開しているカフェが目に入り、何も考えずに入店した。入って突き当たりの、二人掛けテーブル席に腰をおろし、すぐにウェイターが水とおしぼりを持ってきた。先ほど昼を食べたばかりだし、甘い物も欲していなかったから、僕はその場でアイスコーヒーをブラックで注文し、煙草に火をつけた。
 店は繁盛していて僕が座った席でちょうど満席になったようだ。しかし、半分くらいの客は注文したものを飲み食いし終わり、談義に花を咲かせているようだった。ウェイターも昼時の一山を越えて、今はそこまでの忙しなさはなさそうだ。店内にはどこのカフェでも流れていそうな、どこかで聞いたことあるようなジャズミュージックが流れている。
 煙草を一本吸い終わるころにはアイスコーヒーが運ばれてきた。アイスコーヒーも夏の暑さで汗をかいているかのように、グラスの表面に水滴を垂らしている。一口飲んで、ストローでアイスコーヒーをかき混ぜ、からんころんと氷とガラスのぶつかる心地よい音を楽しんだ。
 じっくり三十分かけて、コーヒーと煙草を満喫したところで、やっと彼女から連絡がきた。
 僕はカフェを出て、来たときと同じ通路を通って車まで戻った。僕の方が先に車についたようで彼女はまだいない。先に車に乗り込み、冷房を最大出力にして彼女を待つ。
 突然、助手席のドアが開けられた。このタイミングでドアを開け車内に入ってくる人など彼女しかありえないが、一瞬、誰が乗り込んできたのかわからなかった。三十分前までの彼女の服装とまるで違ったからだ。三十分前までは、胸の真ん中あたりによくわからないロゴがプリントされた白の半袖ティーシャツに濃い藍色のジーパン、黒のナイキのスニーカーという格好だったのに、腰のところがキュッとすぼまり、下の丈は足首くらいまで隠れる、半袖のシンプルな白のワンピース姿に変身していた。おまけに、白のサンダル、麦わら帽子までつけて、夏を全身で表現していた。
「おまたせ。どう?似合ってるかしら?」と彼女は自分の服装を今一度確認しながら言った。
「似合ってるも何も、それを買うために寄ったのかい?」僕は虚を突かれてうまく返事ができない。
「そうよ、この格好であることが重要なの。ついでだから、そのまま着替えてきたの」
「よくわからないなあ。砂で汚れるのにわざわざ買ったばかりの新品でいくかなあ」
「いいの。じゃあ、海に向かいましょ」と彼女は麦わら帽子をはずし、シートベルトをしながら言った。

 

 街を数十分、車で走って、海沿いの道に出た。沿岸をさらに進み、十台くらい駐められそうな駐車場を見つけた。駐車場の後ろには防波堤を挟んで砂浜が左右に広がっていた。砂浜のある海なら別にどこでもかまわないと彼女が言ったので、僕はそこに車を駐めた。僕ら以外に人はいなく、駐車場にはぽつんと、寂しそうに僕らの乗ってきた車だけが駐まっていた。
 彼女が麦わら帽子を頭にのせ、僕らは車から降りて、防波堤を越える。彼女が前を歩き、僕も彼女の後ろからついていく。
「わー、海だ」と彼女は子供のようにはしゃぎ、小走りで海の方に向かった。僕は砂が靴の中に入らないよう、できるだけ地面に対して垂直に足を下ろして歩く。砂浜を半分くらい進んだところで、彼女は僕がついてきていないことに気づき僕の方を振り返る。海を背景に、夏の日差しでより一層白く見えるワンピースが一瞬、ひらひらと傘のように広がる。僕の足が勝手にとまる。数秒間、頭の中が目から入ってきた彼女の立ち姿だけになり、みとれてしまった。その空間が儚くも美しい絵のようで、もし僕がそこに入ってしまったら、壊れてしまうんじゃないかという不安から僕は立ち止まったままだった。
 彼女が僕の方に歩いてくる。
「はやくいきましょ」と言って、彼女は僕の右手を引きながら、波打ち際まで僕を引っ張っていった。僕も靴の砂は観念して、彼女に引かれるがままに歩いた。
 彼女は少しの間、何も言わず、僕の手を握ったまま、眩しそうに水平線を眺めていた。この瞬間に、ここに存在することを噛みしめているようにもみえた。僕がそんな彼女の横顔に見とれていると、不意に彼女も僕の方を見て目があった。そして一瞬、満足そうに笑ってみせて、再び目線を海に戻した。
「私、海に来るのいつぶりだろう。」と彼女は言った。「あなたと出会った時から、次に海に行く時はあなたと一緒に行くと決めてたの」
「それは君がお昼に言ってた、ちょっとした夢と関係があるの?」
「ええ。別に大したことじゃないのよ。ただ、白いワンピースを着て、麦わら帽子をかぶって、私の好きな人と浜辺を歩く。それだけ」と言って、彼女は僕の方に寄り添って、頭を僕の肩にあずけた。彼女の腕は赤ちゃんのように白くて柔らかく、汗一つかいてないようで、さらさらしていた。彼女は目をつむり、波の音に耳をすませる。触れ合う右手で僕を感じ、体全てで、自分がここに存在していることを心にゆっくりと浸透させているようにみえた。
 太陽も本日の務めを終え、海に帰る準備をしている。
「今だけは、世界は私のものなの。この海も空も太陽も。今流れている時間も。それにあなたも。どれも独り占めできないことはわかってるの。たとえ、少しでも私のものにできたとしても、それが長くは続かないことも。でも、今だけは私だけのものだと思わせて」彼女は一片の憂いを帯びた表情でそう言った。僕は彼女の右手をほんの少し強く握ってやることしかできなかった。

 

 僕らは防波堤の上に座り、太陽が沈んだばかりの水平線をふたり並んで眺めている。
 季節はシームレスに移り変わるもので、いつの間にか次の季節がやってくる。でも、きっと今日が僕にとっての夏の終わりなんだろう。
「また来年もこうやって君の隣に座っていられるかな」と僕は視線を下ろしながら言う。
「それはわからないわ。あなたにも私にも、他の誰にも」彼女はすこし強がっているようにもみえた。彼女の言っていることは正しい。今がどれだけ満たされていても、それが続く保証はどこにもないのだ。それが続くことの方が珍しい。
「この世界には至るところにリズムがあって、それをもとに時間が流れているの。夏が終わり、そして秋がやってくる。厳しい冬が来ても、また春がやってくると知ってるからみんな頑張れるの。季節だけじゃない。今日のような満月も日に日に欠けて、新月になる。そしてまた、月は満ちていく」と彼女に言われて空を見上げると、白く輝く丸い月が空から僕らを照らしていた。
「でもね、人と人との関係には当てはまらないみたい。一度でも、新月になってしまったら、一度でも、冬になってしまったら、きっともう満月が暗闇を照らすことは難しいし、新芽が春の訪れを感じて芽吹くこともないの」
 そこで僕は先ほどの彼女の言葉の意味を理解した。今だけはわたしのもの。
 彼女は僕より現実をみていた。ゆるく続く幸せが日常となり、それがこの先も崩れることはないだろうと、甘んじていた僕なんかより。

 

 暗い海沿いの道には数少ない街灯が等間隔で並んでいる。対向車も一度すれ違っただけで、僕は自分の車のライトを頼りに車を走らせる。この前の夏に来た時に駐めた駐車場が見えた。前に来たときと同じで車は一台もない。僕はそこに車を駐める。エンジンを切り、車から出て、あの日座った防波堤の上に立つ。煙草に火をつけ、海と空とが曖昧に溶け合っている水平線をぼんやりと眺める。
 今日は僕の独り占めみたいだ。広く深く黒い夜空に月は顔を出していない。
 そういえば今日は新月らしい。空にはオリオン座が煌めいていた。