短編処女作を書いたので読んでくれ

 僕が吐き出したかった渦巻く感情をフィクションとして文字に乗せて書いたもの。

 最後まで読んでも得るものは何もないと思うけど、どうか拙い文章にお付き合いください。Twitterでいいね、RT、コメントくれると喜びます。指摘でも。

 

縦書きで読みたい人は↓

kawaii.goat.me

 

 

海辺で春を待つ

 コーヒーを飲みながら僕は向かいに目をやる。彼女は口がケチャップで汚れぬよう、一口ずつ慎重にナポリタンを口に運んでいた。いつもより大きく口を開けて食べるその姿がすこし滑稽で、それでいて可愛くも見える。
 僕たちは窓際の席で向かい合って座っている。店内には音楽は流れてなく、他の客たちの微かな会話の声だけが時々聞こえてくる。僕は注文した分の料理を食べ終え、気長に彼女が食べ終わるのを待っているところだ。
 食事をする姿を面と向かって見られるのはあまり気分のいいものではないのを承知の上で、手持ち無沙汰の僕は彼女の食事をする仕草を、映画のワンシーンを撮る監督のように観察する。細くてしなやかな左手の指でフォークを躍らせ、右手で髪を耳にかける。
「何みてるの」と彼女は食べるのを中断して、頬を赤らめて言う。
「君が食べているところ」と僕は少しいじわるに返す。
そして、彼女は眉間にしわを寄せ、僕を一瞥して食事を再開する。このやりとりも何度目だろうか。毎回、一瞥した後、彼女は隠しきれずに照れ笑いがこぼれてしまうのを僕は知っている。
 彼女が残りのナポリタンをフォークで巻き取る。彼女の一口にしては少し大きかったのか、両頬をふっくらさせながらランチを締めくくろうとしている。口周りは肌の他の部分と同じように白く、上手にナポリタンを食べ切れたようだ。
「コーヒーは飲んでいく?」と僕は彼女が食べ終わったのを見計らって言った。
「ねえ、海に行こう」彼女は僕の話を無視して提案してきた。
「もう夏も終わるのに、なんでいきなり」
「いいじゃない、それとも今日は他に何かご予定が?」
今日は昼前に集合して、適当な店に入りランチを食べ、適当に街を徘徊するくらいの適当なデートの予定だった。だから、特に決まった行き先があるわけでもない。しかし、海に行くとなると車で 一時間はかかる。海水浴なら新しい水着も買わないといけないし、車も砂だらけになるだろうし、と海に行かないで済む言い訳を考えていると、彼女が見透かしたような顔をして言った。
「じゃあ決まりね。海なんて久しぶりだわ。買っていきたいものがあるから、少しショッピングをしてから海に向かいましょ」
 僕は諦めて、彼女に従うことにした。どうせ、彼女を連れて行きたいところを思いつかなかったわけだし。
「僕も水着がないからちょうどいいや、でも君、泳げたっけ?」と僕が言うと、彼女は一瞬きょとんとした顔をして、笑いながらこう言った。
「何を言ってるの、海には行くけど入りはしないわよ。ただ、私の昔からの、ちょっとした夢を叶えにいくの」

 

 僕らは会計を済ませ、お店を出た。夏が終わりかけてるといっても、太陽はまだまだ働き盛りのようで、ランチを食べている間、熱心に車を照らし温めてくれたようだ。車の戸を開けた瞬間、どんよりとしたぬるい空気が肌をかすめた。車に乗り込み、エンジンをかけると、助手席に座った彼女がすぐに冷房をつけた。車内が、過ごすのに適当な環境になるまで少し待つことにした。
「ショッピングといってもどこに寄っていけばいい?そもそも何を買っていくんだい?」と僕は尋ねた。
洋服屋さんに寄って行ってほしいの。通りがかりにあるショッピングモールで十分よ。何を買うかは、そうね、内緒」と彼女は少女のような顔で嬉しそうに言った。
 洋服屋に行くのだから、おそらく、服を買うのだろう。しかし、どんな服を、どんな目的で買うのか、僕にはさっぱり見当もつかなかった。彼女はちょっとした夢を叶えるため、と言っていたけれど、どういうことだろう。
 少し考えてみても思い当たる節はなく、買い物が終わったら何を買ったか判明するだろうしいいや、と考えるのをやめ、その頃にはすっかり車内も涼しくなっていたので、車を出した。

 

 南へ車を走らせ二十分くらいでショッピングモールに到着した。
「あなたもついてくる?」と彼女は言った。
「車内で待つには暑すぎるかな。君が買い物を終えてルンルンで車に戻った時、茹でたタコみたいにくたびれて動かない僕を見たいって言うなら話は別だけど」
「タコは好きよ。でもあなたがタコにならなくても、私の世界にタコは十分足りてるの。それにあなたが動かなくなっても困るわ。私ひとりで海に行っても意味がないの。あなたと一緒に行くことで、やっと私は満足できるの」
「どれくらいかかりそう?」僕は他人の買い物についていくのが苦手だ。
「三十分くらいかな。あなたはどこかでコーヒーでも飲みながら時間を潰してくれればいいわ。済んだら連絡するね」
 それで僕たちは車を出て、ショッピングモールの入り口で別れた。
 モールですれ違うのは、子供連れの家族が大半を占めていた。若いカップルとも何組かすれ違った。
 少し歩くと、街でよくみる、チェーン展開しているカフェが目に入り、何も考えずに入店した。入って突き当たりの、二人掛けテーブル席に腰をおろし、すぐにウェイターが水とおしぼりを持ってきた。先ほど昼を食べたばかりだし、甘い物も欲していなかったから、僕はその場でアイスコーヒーをブラックで注文し、煙草に火をつけた。
 店は繁盛していて僕が座った席でちょうど満席になったようだ。しかし、半分くらいの客は注文したものを飲み食いし終わり、談義に花を咲かせているようだった。ウェイターも昼時の一山を越えて、今はそこまでの忙しなさはなさそうだ。店内にはどこのカフェでも流れていそうな、どこかで聞いたことあるようなジャズミュージックが流れている。
 煙草を一本吸い終わるころにはアイスコーヒーが運ばれてきた。アイスコーヒーも夏の暑さで汗をかいているかのように、グラスの表面に水滴を垂らしている。一口飲んで、ストローでアイスコーヒーをかき混ぜ、からんころんと氷とガラスのぶつかる心地よい音を楽しんだ。
 じっくり三十分かけて、コーヒーと煙草を満喫したところで、やっと彼女から連絡がきた。
 僕はカフェを出て、来たときと同じ通路を通って車まで戻った。僕の方が先に車についたようで彼女はまだいない。先に車に乗り込み、冷房を最大出力にして彼女を待つ。
 突然、助手席のドアが開けられた。このタイミングでドアを開け車内に入ってくる人など彼女しかありえないが、一瞬、誰が乗り込んできたのかわからなかった。三十分前までの彼女の服装とまるで違ったからだ。三十分前までは、胸の真ん中あたりによくわからないロゴがプリントされた白の半袖ティーシャツに濃い藍色のジーパン、黒のナイキのスニーカーという格好だったのに、腰のところがキュッとすぼまり、下の丈は足首くらいまで隠れる、半袖のシンプルな白のワンピース姿に変身していた。おまけに、白のサンダル、麦わら帽子までつけて、夏を全身で表現していた。
「おまたせ。どう?似合ってるかしら?」と彼女は自分の服装を今一度確認しながら言った。
「似合ってるも何も、それを買うために寄ったのかい?」僕は虚を突かれてうまく返事ができない。
「そうよ、この格好であることが重要なの。ついでだから、そのまま着替えてきたの」
「よくわからないなあ。砂で汚れるのにわざわざ買ったばかりの新品でいくかなあ」
「いいの。じゃあ、海に向かいましょ」と彼女は麦わら帽子をはずし、シートベルトをしながら言った。

 

 街を数十分、車で走って、海沿いの道に出た。沿岸をさらに進み、十台くらい駐められそうな駐車場を見つけた。駐車場の後ろには防波堤を挟んで砂浜が左右に広がっていた。砂浜のある海なら別にどこでもかまわないと彼女が言ったので、僕はそこに車を駐めた。僕ら以外に人はいなく、駐車場にはぽつんと、寂しそうに僕らの乗ってきた車だけが駐まっていた。
 彼女が麦わら帽子を頭にのせ、僕らは車から降りて、防波堤を越える。彼女が前を歩き、僕も彼女の後ろからついていく。
「わー、海だ」と彼女は子供のようにはしゃぎ、小走りで海の方に向かった。僕は砂が靴の中に入らないよう、できるだけ地面に対して垂直に足を下ろして歩く。砂浜を半分くらい進んだところで、彼女は僕がついてきていないことに気づき僕の方を振り返る。海を背景に、夏の日差しでより一層白く見えるワンピースが一瞬、ひらひらと傘のように広がる。僕の足が勝手にとまる。数秒間、頭の中が目から入ってきた彼女の立ち姿だけになり、みとれてしまった。その空間が儚くも美しい絵のようで、もし僕がそこに入ってしまったら、壊れてしまうんじゃないかという不安から僕は立ち止まったままだった。
 彼女が僕の方に歩いてくる。
「はやくいきましょ」と言って、彼女は僕の右手を引きながら、波打ち際まで僕を引っ張っていった。僕も靴の砂は観念して、彼女に引かれるがままに歩いた。
 彼女は少しの間、何も言わず、僕の手を握ったまま、眩しそうに水平線を眺めていた。この瞬間に、ここに存在することを噛みしめているようにもみえた。僕がそんな彼女の横顔に見とれていると、不意に彼女も僕の方を見て目があった。そして一瞬、満足そうに笑ってみせて、再び目線を海に戻した。
「私、海に来るのいつぶりだろう。」と彼女は言った。「あなたと出会った時から、次に海に行く時はあなたと一緒に行くと決めてたの」
「それは君がお昼に言ってた、ちょっとした夢と関係があるの?」
「ええ。別に大したことじゃないのよ。ただ、白いワンピースを着て、麦わら帽子をかぶって、私の好きな人と浜辺を歩く。それだけ」と言って、彼女は僕の方に寄り添って、頭を僕の肩にあずけた。彼女の腕は赤ちゃんのように白くて柔らかく、汗一つかいてないようで、さらさらしていた。彼女は目をつむり、波の音に耳をすませる。触れ合う右手で僕を感じ、体全てで、自分がここに存在していることを心にゆっくりと浸透させているようにみえた。
 太陽も本日の務めを終え、海に帰る準備をしている。
「今だけは、世界は私のものなの。この海も空も太陽も。今流れている時間も。それにあなたも。どれも独り占めできないことはわかってるの。たとえ、少しでも私のものにできたとしても、それが長くは続かないことも。でも、今だけは私だけのものだと思わせて」彼女は一片の憂いを帯びた表情でそう言った。僕は彼女の右手をほんの少し強く握ってやることしかできなかった。

 

 僕らは防波堤の上に座り、太陽が沈んだばかりの水平線をふたり並んで眺めている。
 季節はシームレスに移り変わるもので、いつの間にか次の季節がやってくる。でも、きっと今日が僕にとっての夏の終わりなんだろう。
「また来年もこうやって君の隣に座っていられるかな」と僕は視線を下ろしながら言う。
「それはわからないわ。あなたにも私にも、他の誰にも」彼女はすこし強がっているようにもみえた。彼女の言っていることは正しい。今がどれだけ満たされていても、それが続く保証はどこにもないのだ。それが続くことの方が珍しい。
「この世界には至るところにリズムがあって、それをもとに時間が流れているの。夏が終わり、そして秋がやってくる。厳しい冬が来ても、また春がやってくると知ってるからみんな頑張れるの。季節だけじゃない。今日のような満月も日に日に欠けて、新月になる。そしてまた、月は満ちていく」と彼女に言われて空を見上げると、白く輝く丸い月が空から僕らを照らしていた。
「でもね、人と人との関係には当てはまらないみたい。一度でも、新月になってしまったら、一度でも、冬になってしまったら、きっともう満月が暗闇を照らすことは難しいし、新芽が春の訪れを感じて芽吹くこともないの」
 そこで僕は先ほどの彼女の言葉の意味を理解した。今だけはわたしのもの。
 彼女は僕より現実をみていた。ゆるく続く幸せが日常となり、それがこの先も崩れることはないだろうと、甘んじていた僕なんかより。

 

 暗い海沿いの道には数少ない街灯が等間隔で並んでいる。対向車も一度すれ違っただけで、僕は自分の車のライトを頼りに車を走らせる。この前の夏に来た時に駐めた駐車場が見えた。前に来たときと同じで車は一台もない。僕はそこに車を駐める。エンジンを切り、車から出て、あの日座った防波堤の上に立つ。煙草に火をつけ、海と空とが曖昧に溶け合っている水平線をぼんやりと眺める。
 今日は僕の独り占めみたいだ。広く深く黒い夜空に月は顔を出していない。
 そういえば今日は新月らしい。空にはオリオン座が煌めいていた。

 

 

 

人は一人では生きられないということについて

 人は一人では生きていけない、という言葉を、誰しもが人生に一度は耳にしたことがあると思う。社会的に、経済的に、精神的に、色々ひっくるめて一人では生きていけないと言いたいのだろう。でも、ある程度の生きる知識をつけ、肉体的にも成熟したら不可能ではないはず。山で隠居するなり、無人島で自給自足生活を送るなり。大変かもしれないけど生き延びることはできる。

 人は一人では生きられない、だと少しニュアンスが変わってくると思うのは僕だけだろうか。言葉の意味としては等しいものなんだろうけど、後者には人同士の、自己と他者との関係を説いている響きが感じられる。ホモサピエンス、つまりヒトとして、一人では生きられないのではなく、人として生きられないと。

 一個の生命体、ヒトとして生きているという定義は難しいところがある。何故、僕は生きていると言えるのか。心臓が脈を打って体を新鮮な状態に保っているから、としか言えない。少なくとも心臓が止まったまま生きている人を知らないから。

 では、人として生きている、となるとどうか。僕が今言う「僕」はきっと、人と人との間で生きている。他者との交わりを経て、つぎはぎして、僕が更新されていく。

 関わりの持つ他者の数だけ、僕の一部としての僕が生きている。長男としての僕、大学生としての僕、友達としての僕、塾講師としての僕、恋人としての僕。場に応じた役を演じ分けている。裏表のない人と言われるような人であっても、他者とのチューニングのようなことはきっとしている。どれが本物でどれが偽物という話ではなく、どれも僕の一部。その中の、演じていて心地よくて楽な僕が主たる人格になっている。

 相手がいて初めて僕が生きられる。僕の中の僕が。

 だから、僕の中のある僕が死ぬのも簡単。その人との関わりがなくなってしまえば、その人との間で生きていた僕はきっと死ぬ。自ら殺すこともできるし、殺されることもあり得る。

 その人の人生に一切の干渉を許されなくなった時、僕の中のある僕は死んでしまうのだろう。そして、その後は死んだ僕なしで、また生きていくしかないのだろう。

 

ある2月の午後にデートして思ったことについて

 僕は恋愛には向いていないようだ。またその結論に至ってしまった。向いていない、という言葉のニュアンスからは少しズレたところにあるのかもしれないけど。
 類は友を呼ぶ、ということわざは昔から使われているだけあって正しいらしい。僕の周りにも恋愛障害者特級ばかりいる。どうも、恋愛が難しい。逆立ちしてフルマラソン走る方がきっと容易い。しかし、こうなると、世の中には健常者の方が少ない可能性もあるにはある。階級に差はあれど、皆おなじ。ただ、周りが恋愛障害者で溢れているからといって、僕もその一員なのには変わりはない。
 何事にも向き不向きはある、とよく誰かが言う。そのまま受けとれば、恋愛に向いている人、いない人、というのがいても不思議ではない。でも、僕は向いているいない以前に、恋愛をする術や心構えみたいなものが人より足りていない気がする。そして、それは誰も教えてくれない。
 こんなことを言うと、
「俺なんて年齢=彼女いない歴なんだぞ、贅沢を言うな」
なんて言われそうだけど、別に贅沢を言ってるつもりはない。可愛くて面白くて趣味のあう恋人がほしいって言ってるわけじゃないんだから。僕自身に問題がある。

 その日はカレーを食べて京都をぶらぶら歩いて、またカレーを食べて、ぶらぶら歩いて、という日だった。楽しかったし、それなりにおしゃべりもしたし、恋人の知らなかった部分も少しは知れた。普通に考えれば、特に不満のないデートだった。
 でも、それを仲のいい友達とやっても、多分同じくらい楽しいだろうし、恋人のことを知れたのも会話の偶発的なもので、自分から知ろう知ろうとしてのことじゃない。きっと、楽しむウエイトが「デートの行程>彼女との時間」に知らず知らずのうちになってたんだろうな。どこに行くかは問題じゃなく誰といるかが重要、になっていないんだ。彼女の隣で歩いた道、会話のやりとり、一緒に食べたもの、で二人の歴史みたいな何かを作っていくという意識がない。
 決して、今の彼女に魅力がないからではない。きっとこれは僕自身が抱える問題なんだ。恋愛をする術を習得せずにここまで生きてきた故の結果。
 心の輪郭をそっとなぞるように彼女の在り方を探り、ひとつひとつ丁寧に壁を取り除いて彼女の核に歩み寄っていくような姿勢がきっと正しいんだろうけど、僕にはそのやり方がわからない。
 きっと、恋することは誰にでもできるんだよ。いつの間にか好きになってるんだから。勝手に恋に"落ちる"だけでいい。でも、愛するとなった途端、厳重に施錠された重くて分厚い鉄扉が僕の目の前に立ち塞がる。僕はそれを開けるための鍵がどこにあるのかもまだ知らない。仮に鍵が見つかったとしても、その扉を開けられるかどうかもわからない。
 恋愛の仕方を皆どこで学ぶのか。巷に流通する恋愛ノウハウ本には小手先のテクニックしか書かれていない。やっぱり、トライ&エラーを繰り返して自分ひとりで闘っているのかな。
 表面上だけ取り繕ってるカップルを演じることなら、きっと僕にもできるし、何も考えずにそうしている方が幸せなのかなと思うことがたまにある。それに、恋愛の仕方の答えのようなものを見つけたとしても、それが正解とも限らないし、そこがゴールでもない。もっと言えば、恋愛なんてしなければ、こんなこと考えずに済むわけだし、きっと僕には向いていないんだろうな。

 

オムライスについて

 母の料理の腕は、そこそこ美味しく食べられるが、これでお金はとれないだろうな、というくらいの一般主婦平均レベルだ。そんな母の手料理を10年以上食べてきたが、稀にその平均レベルを少し越すくらいの一品が食卓に並ぶことがある。その一つがオムライスだ。さすがにこれで一食500円はとれないけど、きっと友人たちの母よりは美味しく作れるはずだ。試しに食べに来てくれてもいい。

 母のオムライスには転換機があった。それまではチキンライスに、しっかり熱の通した薄焼き卵をのせただけの素朴なものだった。当時の僕もオムライスに一目置くことはなかった。それがいつからか、うっすら半熟の卵をのせるようになった。僕が母のオムライスを好きになったのはそれからだった。やはり、オムライスはふわふわ玉子に限る。

 最も一般的なオムライスといえば、薄焼き卵でチキンライスをしっかり包んだものだろう。包む手間がめんどくさかったのか僕の家では包まれたものは出されたことがない。フライパンの上で円盤型にされた玉子をチキンライスにのせるだけだ。だから、昔ながらの洋食店でしか包まれしオムライスを食べたことがない。オムライスも日々進化していて、少し前には、ふわふわの玉子を割ったらトロトロの中身が溢れ出すなんてのも流行ったりした。パフォーマンスの部分が大きいと思うけど、あれを作ってあげたら女の子には喜ばれるんだろうなって思ったりもする。とにかく、ふわふわとろとろの玉子を使ったオムライスが世に誕生したことには感謝しかない。

 

 そもそも、チキンライスと玉子の組み合わせを定着させたのは素晴らしい偉業と言ってもいい。白米だとやはり味気ない。バターライスやピラフを使うのをお店でも見たことがあるけど、やはりスタンダードなオムライスにはチキンライスが一番だ。チキンライス以外のライスたちが活躍できるのは、オムハヤシ、オムカレー、デミグラスソースがけ、といったソースの主張が強目のときだけだ。

 オムライスには当たり前のようにケチャップがかけられる。僕はそれがうまく受け入れられなかった。だって、大量のケチャップで炒めたチキンライスの上に、玉子を挟んで、またケチャップを上のせするなんて。ケチャップどれだけ好きなんだ。しかし、僕以外の家族は誰もその違和感を共有してくれなかった。いまひとつ物足りない、あと一歩の家庭的オムライスを食べ続け、ある日やっと救世主が現れた。冷蔵庫からいつものようにケチャップを取り出そうとしたとき、隣のマヨネーズが目に入った。ケチャップと同じ容器の形をしているし、試してみようと一口分だけかけて口に運んだ。その瞬間、今までの違和感が消え去り、マヨネーズこそオムライスにかけるにふさわしいと確信した。玉子の甘さと、マヨネーズのまろやかさの中にある酸味とがマッチした。この大発見以来、ケチャップがけのオムライスを家で食べた記憶はない。

 ところで、オムライスってどこが発祥なんだろう、オランダとかかな、なんて考えていたんだけど、調べてみたら日本だった。オムレツ+ライスの和製英語だった。洋食屋で出てくるのに、オムライスよ、君は日本生まれだったんだね。

 

バレンタインデーについて

 バレンタインデーと言えば、言わずもがな、男子諸君の気持ちが浮き足立って、女子から声をかけられただけで心拍数が上昇してしまう例のイベントである。一年のうちで最も慎重に学校の下駄箱を覗き、一年のうちで最も周辺視野を使って近寄ってくる人に注意を払う。2/14を境に勝者と敗者が如実に分断され、1と0の差がこれ程までに大きいものなのかと、0の重みに打ちひしがれる。本命のチョコを1つでも貰えたならば、それから一年間、「貰えた者」として「貰わざる者」への優位性を勝ち取る。だが、現実はチョコレートとは違って甘くない。数多の「貰わざる者」達の屍の上に、限られた「貰えた者」達だけが君臨する。勝手に期待しておいて勝手に期待を裏切られた敗者達の心を少しでも慰めてくれるのは母お手製のチョコレートだけだった。

 

 そんな時代もありました。今ではわざわざバレンタインデーに告白する子も珍しい。2/14に告白するのはもう時代遅れでダサいらしい。いまどき、本命チョコを渡すのは彼氏がいるような子だけなのだろう。義理チョコ、友チョコ自分チョコ。バレンタイから色恋の雰囲気が薄まり、チョコのお祭りみたいになってきたことは、冴えない僕らにとっては良い変化だ。

 

 バレンタインには、手作り既製品論争がついてくる。手作りは気持ちがこもっている、既製品は確約された味、どちらの意見も賛同できる。正直、貰う側としての僕の意見はどちらでも良い。手作りなら、わざわざ手間と時間かけて作ってくれてありがとう、となるし、既製品だとしても、種類のたくさんある中からそれを選んでお金をだして買ってくれたんだありがとう、となるし。僕はただただ貰えるだけで嬉しいらしい。「チョコを溶かして成形しただけの手作りのやつもらった」「既製品は買って渡すだけだから手抜きだろ」と文句を男子も世の中にはいるだろう。そういう方々は1ヶ月後に自分に同じことを言われないだけのお返しをすることができるのだろうか。チョコを貰える特別性と、くれた人への感謝を見逃してないか、なんて思ったりもする。

 

 よく、手作りと愛情が結びつけられるが、それについて少し考えてみた。作り手が愛情を込めて作った、と言った場合はどうだろう。おそらく、食べてくれる人の舌に合うように考えて、その人の食べる姿を想像して、おいしいと思ってくれることを期待して作るのだろう。でも、それは作る側の頭の中で起きていることで、作られる側は頭の中を覗かないかぎり、知り得ないことだ。自分が愛情を込めて作ったとしても、相手に伝わるとは限らない。一方、食べる側はどうやって愛情を感じ取るのだろう。作ってくれた手間暇を想像して、そして自分のために作ってくれたという特別性を感じ取って食べるのだろう。でも、それは想像の域を出ない。作り手からダイレクトに明確な愛情を受け取るわけではない。うむ、難しい。仮に、代わりに母に作ってもらったチョコをあげたとしても、もらった側は同じように想像し愛情を感じるだろう。

 そうなると、そこには確かに愛情があった、と言えるのは作り手だけになる。愛は受け取るものではなく、与えるもの。やはり、そういうことらしい。

 そもそも愛情がよく分かっていない僕からしたら、少し難しいお話ですね。

 でも、いくらまずくても、「カカオ豆から仕入れて作ったチョコです!」なんて言われたら、無条件で愛情みたいなものを感じちゃいそうだが。

 

 

 昨日の小学生の弟の収穫は0。うちの男達は今年”も”チョコをもらえなかったらしい。

  母からを除けば。

ある夏の日

 「朝だよ、起きなさいよー」
階下から聞こえる母の声で目が覚める。もはやただの卓上時計となった目覚まし時計に目をやると時間は6時20分。学校の授業がある日よりだいぶ早めの起床だ。時間にして数秒、寝ていたい僕と起きなければいけない僕との幾重にも繰り広げられた攻防戦の末、何事もなかったかのように僕は目をつむった。おやすみなさい。
 再び心地よい世界に入る前に母の追撃がくる。
「早く起きないと遅れるわよ」
渋々、僕は重いまぶたを開き、重い腰を上げ、重い体に鞭打って一階へ下りて行った。一階に下りると母がキッチンに立っていた。コーヒーの香りとトーストの焼けた匂いが漂ってくる。
 僕はリビングを抜け、洗面所へ行き、鏡に映った寝ぼけた自分と目を合わせてから、洗顔をする。いつもならリビングに戻り朝食にするのだが、今日はもう夏休みである。時間ギリギリに起きているので優雅な朝食を楽しむ暇はない。着替えてすぐに外に出た。玄関の戸を開ければ、誰が一番大声を出せるか競いあってるかのように蝉たちが鳴いている。蝉たちの早起きに感心しながら、家の敷地を出て徒歩で目的地へと向かう。

 

 向かう先は歩いて3分の公園だ。小規模な運動会なら開けそうなほどの広場には他の子供たちがもう集まり始めていた。僕はすぐに友人を見つけ挨拶をする。起きてすぐということもあり、会話をするだけの頭は回らない。友人も同じようで、いつもの半分しか目が開いてない。
 朝早くから公園へ来た目的はラジオ体操。強制参加ではないものの、特に行かない理由はなく、友達も来るので参加していた。僕の地区ではラジオ体操第一のみやることになっている。子ども会の係の大人たちが前で見本となってラジオ体操が始まった。一年もブランクがあればうっすらとしか記憶がなく、ラジカセから聞こえる陽気なお兄さんの掛け声をBGMに僕は見よう見まねで体を動かす。日常的にラジオ体操をしている物好きはいないようで、僕も含め、子どもたちは前の大人とワンテンポ遅れて体を動かしていた。
 ラジオ体操が終わると、ほどよく体を動かしたお陰で眠気もすっかり消え、お腹も減ってきた。スタンプカードに今年ひとつ目のスタンプを押してもらい、友人に別れを告げ帰宅した。

 

 ラジオ体操から戻りリビングに入ると、母と父が食べた朝食の残り香が食欲を刺激してきた。ダイニングテーブルに肘をつきながらテレビを観ていた母にいつもの調子で尋ねた。
「お母さん朝ごはんなにー?」
大体、返事は決まっていて、
「食パンだよ、バターかピーナッツバターかピザトーストか何がいい?」
「いつも食パンじゃん、飽きた」
なんていうやり取りがいつもの朝の光景だった。いつもなら今頃、朝礼をしている時間だ。別に興味もない芸能人のスキャンダルを報じる朝の情報番組を観ながら夏休みの始まりを実感する。

 

 夏休みには、ラジオ体操の他にもうひとつ、プールの補習という日課がある。補習といっても全員が半強制参加で、だいたい10回弱くらいある。僕はスイミングスクールに通っていたこともあり、他の同学年の子と比べれば泳げる方だった。たがら泳ぐことに関しては苦ではなかった。ただ、小学校のプールにひとつ問題があった。そのせいであまり学校のプールは好きになれなかった。
 10時過ぎになり、僕は水泳補習の身支度を始めた。水着をもって脱衣所に向かい、ズボン、パンツを脱いで水着をはき、脱いだばかりのズボンをはいた。家から水着をはいていけば、学校で着替える手間が省ける。小学生にもなれば他人にちんちんを見せるのが恥ずかしくなる年頃で、みんな腰にタオルをまいて着替える。自宅で着替えておけば、その煩わしさからは解放される。プールバッグにタオル、ゴーグル、水泳帽、それにパンツもしっかり入れた。パンツを忘れたらノーパンで帰ることになる。何度か経験があるがあまりいいものではない。
 学校に行く途中、友達を拾いながら歩いて30分弱で学校に着く。通常授業なら自分の教室で水着に着替えるのだが、夏休み中は図画工作室が男子更衣室として開放されており、木材や絵の具やらの匂いに包まれ着替えるのはいつもと違って少し嬉しくなる。
 僕の小学校は少々珍しい所にプールがある。プールがあるのは3階建て校舎の屋上だ。図画工作室が更衣室として使われているのも、屋上に上がる階段のすぐ側にあるという理由からだ。小学校のプールが嫌だった理由も屋上にあることが関係している。プールサイドもプールの中も鳩の糞だらけなのだ。地上約15メートルの憩いの場はやりたい放題されていて、掃除されているとはいえ、毎日の爆撃をすべて処理はしきれない。だから、あまりそこのプールでは泳ぎたくなかった。見て見ぬ振りをするしかなかった。
 階段を上り、屋上に出て、また階段を上るとやっとプールにたどり着ける。プールサイドで先生の掛け声にあわせて準備体操をして、シャワーを浴びる。プールサイドに腰掛け、脚だけ入水させる。焼けつくような夏の日差しのせいで、水温は生ぬるい。といっても、気温と比べれば、涼しく、水を肌に感じて夏の特権を味わう。体に水をかけ徐々に体に慣らしていき、先生のゴーサインでやっと全身浸かることがてきる。この時にはもう、夏とプールの最適解の組み合わせで鳩の糞のことも忘れている。学校の水泳はスイミングスクールと比べれば朝飯前で難なくこなすことができた。
 プールの補習が終わり、シャワーを浴びて更衣室に戻る。水着から服に着替える時ばかりはタオルを腰にまいて着替えなければいけない。水着のまま帰るわけにはいかない。みんながおしとやかに陰部を隠している中、僕だけふるちんで着替える度胸もなかった。
 まだ太陽が真上にあるのに下校、その上、重たいランドセルも背負っていない、という普段と違う状況だけで、下校も少しは楽しくなる。一緒に下校するメンツは決まっていて、その子らと公園を通りすぎ、郵便局の前を抜け、坂を上り、歩道橋を渡って、各々解散してゆく。僕も家の前までたどり着き、
「じゃあ、また明日」
と言って、僕より遠くに住んでいる子と別れた。夏休みの間、プールの補習があるおかげで友達と会えているところもあった。

 

 玄関の戸を開け、靴を脱ぎ、リビングへ向かう。座ってテレビをみている母に言うことはいつも同じだ。
「ただいま、今日の昼御飯なに?」
「焼きそばだよ」
母とのコミュニケーションのスタートは朝昼晩どれもご飯の話題が始まりだった。夏休みには給食がないから、母は子どもたちの分まで余計に作らないといけなかった。そして、休みの日の昼食は簡単に作れるものと決まっていた。焼きそば、チャーハン、ラーメン、スーパーのお惣菜の中から今日は焼きそばが選ばれたらしい。

 

 夏休みになったからといって別にやりたいこともなく、暇な時間が増えただけのことだった。宿題は最終日までやらないタイプだったし、実際、最終日にどうにかできてしまっていた。テレビをみるか、ゲームをするか、そんなことくらいしかやることがない。
 昼過ぎには母が買い物に行くというので、少しは暇潰しにもなるか、と目的もなくついていくことにした。
 車で行くこと10分、スーパーに着き、冷房のよく効いた店内に入る。野菜コーナーは半袖Tシャツだと少し肌寒い。母が買い物かご片手に商品を品定めし始めて、毎度のことながら辟易させられる。ついてくるんじゃなかった。どうして、もっとスムーズに買い物ロードを進めないのか。前もって買うものを決めてそれをかごに入れる、レジまで5分とかからないだろ。その一度手にとって一瞬の迷いの後に他の人参に取り替えたその行動、意味があるとは思えない。差し当たりない個体差だ。調理してしまえば一緒だろうに。
 母との買い物はいつもこうなる。理解できない行動には憤りを覚えるものだ。理解しようと歩み寄らなければ、そのイライラも僕のなかで堂々巡りするしかない。やっとのことで買い物を終わらせ、食材がつまったレジ袋を両手に下げて帰路につく。買い物の荷物運びが唯一と言ってもいい僕のお手伝いだった。

 

 スーパーから帰り、母は食材を入れた袋をキッチンまで持っていき、休む暇なくそのまま調理を始めた。晩御飯の匂いがキッチンからリビングに流れ込み、脳がお腹からの空腹通知を受けとる。
「今日の晩御飯は何?」
と、本日三度目のご飯質疑応答が交わされる。
 母が勝手に料理を作り、勝手に食卓に料理が並ぶ。物心つく前から不便ない環境に身を置いていれば、その環境が誰によって支えられ、整えられているか、考えもしない。世の中を知らず、うちがすべてならば、恵まれているか否かの発想すら湧かない。多分、僕は想像力が足りないのだろう。仮に恵まれていなかったとしても同じことだっただろう。スラムで生まれスラムしか知らずに生きてきたらそれが当たり前になったはずだ。世間を知って初めて自分の立ち位置を確認することができる。

 

 日も沈みかける頃には父も帰宅した。いつものように晩御飯を食べ、いつものようにお風呂を済ます。夏休みには少しだけ夜更かしができる。それでも、日をまたぐ前に寝る支度をし床につく。ある夏の日が終わっていく。
 また明日も同じような日がやってくる。多少の差異はあれど、それを感じとり、その一瞬を切り取り、二度とは戻れないその時を大切にすることは少年にはまだできない。今日が「ある夏の日」ならば、変わらず明日も「ある夏の日」なのだ。平成○○年△月□日と名前を与えられ記憶されることはない。若さの魔力のせいで何気ない日常の特別さに気がつけない。それが永遠に続くと少年は心のどこかで信じている。

 

 

給食について

 小学校中学校ともに公立に通っていていた僕は9年間もの間、給食にお世話になったことになる。保育園の頃も入れればもっとだ。そう考えると、もう10年以上も給食を食べてないことになる。毎朝、給食袋にナフキンと箸をいれて登校していたのが懐かしい。4限の授業の終わりを告げるチャイムが鳴ると、班毎に机をくっつけ、給食当番の人はエプロンを着用し、それ以外の人は班で談笑したり、本を読んだりして各々の時間を過ごしていた。どの教室からも温かい給食の匂いが漂い、授業の緊張感とも放課後の開放感とも違う、不思議と落ち着いた時間がそこには流れていた。さほど仲良くない人と班になっても、食を共にすれば心の距離はおのずと縮まった。給食は交流の場を提供していた。

 

 一食約200円であれだけの質と量の食事を提供してくれていたのは、自炊をしない一人暮らしからしたら、とても魅力的だ。今だからこそ、その素晴らしさがわかる。大学生が外にランチに行けば500円はかかるし、たとえ生協の食堂で安く抑えたとしても300円以上はかかる。毎日違ったメニューで飽きることもなかった。

 小学生の頃は給食は特に好きでもなかった。よく食べる=かっこ悪い、みたいな変な方向にひねくれていたので、配給された分の給食も、いただきますの合図が終わるとすぐに半分に減らしにいっていた。ひどい時は牛乳も飲まずに返していた時期もあった。今思えば、もったいないことをしていた。「もったいない」という感情は食べ物に対してではない。減らした分は食いしん坊の誰かが代わりに食べてくれていた。もったいないのは、給食を食べられる限られた9年間のうちの半分以上を素直に楽しめていなかったことだ。ここまで読んだ読者諸賢なら気付いたと思うが、中学生にもなれば僕は給食大好きっ子になっていた。中学時代は毎日その日の給食を楽しみに学校に行っていた。朝、教室に入って、まず献立表でその日のメニューを確認するのが日課だった。授業を聞くのも、部活動で体を動かすのも好きじゃなく、毎日の変わり映えしない日々に、給食だけが昨日と今日とを差別化するイベントだった。珍しいデザートの日に欠席者がいれば、じゃんけん大会にも参加するほど、給食を好きになっていた。

 

 大学生になって異郷の地の人と交流するようになってから、給食カルチャーショックが何度もあった。僕の学校の給食は、基本的に、①ご飯またはパン②大きいおかず③小さいおかず④牛乳(⑤デザート)の構成だった。どの地域もこの大まかな分類は一緒だろう。お盆はなく、皆ナフキンを持参して机に敷いていた。お盆がある地域だと、各自お盆を持って配膳台に並び、料理を受け取ってお盆にのせていく方式ができる。しかし、お盆がない僕の地域では給食係が一つ一つお皿を机まで運んでいた。

 牛乳は瓶と紙パックで分かれる。僕は瓶だった。瓶の蓋(俗に言う牛乳キャップ)でメンコを作って遊んでいたのも懐かしい。わずかに湾曲している牛乳キャップを押し花の要領で平らに固くし、面には各々が好きな絵柄を描き込んでオリジナルメンコを作った。瓶勢は紙パック勢と違い、給食が終わった後も楽しめるのだ。紙パックの牛乳に対して疑問に思うのが、コーヒー牛乳の粉がついてきた時、どうやって混ぜて飲んでいたのか。瓶の場合は一口飲んで、粉を入れ、蓋をして振って混ぜていたが、紙パックはストロー挿すところ以外に開け口があったのかな。ちなみに、コーヒー牛乳の粉も「ミルメーク」が全国共通だと思っていたがミルメークを知らない人に会ったことがある。

 テレビで人気給食メニューランキングだったり、好きな給食調査だったりがやっていると、決まって揚げパンが一位だった。当時のkawaii少年は思った、揚げパンって何だ、と。僕の地域では揚げパンなるものが出たことがなかった。揚げただけのパンがそんなにおいしいのか。砂糖をまぶしてあるという噂も聞いたことがある。いまだに揚げパンは食べたことのない未知の味だ。

 揚げパンの美味しさを知らずに生きてきた僕を不幸者と嘲るやつもいるだろう。しかし、こっちにもとっておきがある。きっとソフト麺は食べたことないだろう。両方食べたことあるやつにはもう負けを認める。関西地方でソフト麺を知っている人はほとんどいないのではなかろうか。ソフト麺は、ラーメンとうどんの中間くらいの麺で、一食ごとに袋詰めして出される。ソフト麺にはいつも、大きいおかずにミートソースと決まっていた。ラーメンともうどんともパスタとも違う麺。安っぽく素朴な感じがまた味を出していた。ソフト麺の日の給食後はみんな口周りをミートソースで赤くしていた。

 

 教師になろうと思ったことは一度もないけど、大人になっても給食を食べられるのは少し羨ましい。でも、子どもだったから給食を美味しく感じられていたのでは、という思いがほんの少しだけないこともない。美味しい記憶は美味しいままにしておこう。

 

 

追記(ある献立について)

 中学生の頃の、どうしても強烈に記憶に残っている献立がある。まず、その日はパンだった。パンは大体が食パンかコッペパンのどちらかなのだが、その日はいつもとは違う見慣れないパンだった。丸くて、真ん中にすじの入った、穴のないドーナツのような形をしていた。健全な男子中学生なら性の知識もついてきて、なんでも下ネタに連想したがる。そして僕らも例外ではなく、誰が言い出したか知らないが、そのパンが女性器をかたどっている、と。そして、おおきいおかずがボイルされたソーセージで小さいおかずがフルーツポンチだった。パンとソーセージだけでも組み合わせたらダメなのに、フルーツポンチまで添えられたら、男子中学生歓喜。献立を作る側の意図的な何かを感じずにはいられなかった。この献立のインパクトは絶大で、あれから10年くらい経つのに、正月に集まった時にはみんなが覚えていた。衝撃の献立は後にも先にもあれだけだった。